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 間質性肺疾患にみられる肺高血圧を見逃さないために

●間質性肺疾患と肺高血圧
 間質性肺疾患は、呼吸器疾患の中では、決して頻度の多いものではありませんが、200種類にも及ぶ種々の疾患が含まれています。中でも、間質性肺炎、サルコイドーシス・過敏性肺臓炎などの肉芽腫形成性疾患は、代表的な間質性肺疾患です。間質という用語は、肺の解剖学的な部位を示すもので、ガス交換の場として重要な肺胞領域の間質とよばれる薄い血管やリンパ管、細胞外基質に富む場所を示しています。
 肺胞間質に炎症細胞浸潤や、線維化がおこりガス交換機能が障害されて呼吸不全が起こってくる一連の疾患が間質性肺炎です。間質性肺炎には、急性、亜急性、慢性経過の疾患が含まれています。現在では原因不明の特発性間質性肺炎は7つの臨床画像病理型に分類されています。種々の並存する病態も含めた治療管理が問題となってくるのは慢性経過の間質性肺炎群(特発性肺線維症、線維化型非特異的間質性肺炎など)です。
 間質性肺炎以外の間質性肺疾患の中でも線維化は起こります。過敏性肺臓炎は基本的に急性から亜急性発症を示しますが、慢性化した場合には、肺の線維化がみられ、慢性経過の間質性肺炎との鑑別が必要となります。サルコイドーシスでは、線維化は、間質性肺炎にみられる線維化とは異なった部位(気管支血管束周辺)に見られますが、慢性経過で呼吸不全や肺高血圧状態を引き起こすことがあります。
 これらの慢性経過の疾患において肺高血圧の存在は、呼吸器科医師にもっと認識していただきたい問題です。従来、間質性肺炎を診断治療する呼吸器科医は、肺高血圧の存在をあまり視野にいれておらず、肺高血圧は、主に循環器医が診察しているということが多かったようです。しかし、間質性肺疾患、特に間質性肺炎の臨床においては、肺高血圧の存在は、きわめて重要な予後因子のひとつであり、肺高血圧の有無をいかに診断し、治療していくかは、呼吸器科医にとっても、忘れてはいけない大事なポイントです。

●肺高血圧は、なぜ間質性肺疾患に合併してくるのか
 肺動脈圧が上昇して右心系に負荷がかかってくる病態を肺高血圧といいます。肺動脈圧は正常では収縮期15~30mmHg,拡張期2~8mmHg、平均9~18mmHgとされています。肺動脈そのものを侵す原発性肺高血圧における診断基準にもとづいて、安静時平均圧25mmHg以上、収縮期圧35mmHg以上(または45mmHg以上)を肺高血圧ありと評価しています。 
 肺高血圧の分類としては、5つの型があります(表1)。間質性肺炎に伴う肺高血圧は3型として分類されています。線維化に伴う低酸素血症のために肺循環系の血管収縮が起こることと、線維化により肺血管系の量が減少すること、さらには、血管内における病理的変化により血管の閉塞機転などが合わさった病態の結果、肺高血圧が初期には労作時、進展した間質性肺炎例では安静時に認められます。膠原病に伴う肺高血圧は、間質性肺炎のない場合にも認められるために、肺高血圧分類では、1型に分類されています。血管内の病理的変化が強い場合には、間質性肺炎としての胸部写真上の陰影がなくても肺高血圧は認められます。さらに、慢性の肺血栓塞栓症により肺高血圧がおこる場合もあります。これは4型として分類されています。
 サルコイドーシスでは、リンパ節腫脹により肺血管が圧排されて肺高血圧がおこる場合、肺の線維化による場合、さらには、血管内の閉塞病変venooclusiveによる場合などが考えられています。

●肺高血圧の存在を見落とさないために
 間質性肺炎も、肺高血圧も、一般に、慢性型の病態がほとんどです。急性間質性肺炎や亜急性間質性肺炎における肺高血圧の存在についての評価は実は不十分ではありますが、これらの頻度が少ないことと、急性期には、陰影の増加が見られ、これと症状所見とが平行していることが多いために、肺高血圧の評価は中心的な問題ではないのが実情です。
 慢性型の間質性肺炎も、肺高血圧も、初期には、ほとんど自覚症状がありません。ある程度進行すると、労作時の息切れが自覚されます。間質性肺炎がある場合には、たいていの場合、労作時の息切れの増加は間質性肺炎の悪化と理解して治療されているのが現実です。しかし、労作時息切れの悪化が、胸部画像上の陰影の悪化や肺機能上の悪化の程度と一致しない場合には、いくつかの可能性があげられます。ステロイド治療中の場合には、ステロイド筋症による呼吸筋力の低下により息切れが悪化することがあります。気管支系の閉塞が合併しているために息切れ感が強まる場合もあります。二次性肺高血圧の存在による息切れの悪化は、放置したり、治療方針を間違うと右心不全をおこしてしまう場合もあります。二次性肺高血圧の可能性を見落とさないことは、経過予後にかかわる点で重要です。

●二次性肺高血圧の可能性を見落とさないための診察ポイント
 診察時に、息切れの増加、脈拍の増加、パルスオキシメーターでの酸素飽和度の低下(労作時と安静時)、胸部写真の経過での右心陰影の変化(右房拡大、肺血管陰影の増強など)と間質性陰影の変化の比較評価、肺機能検査での経時的変化(%VC、%TLC、FEV1/FVC、%DLCO)の評価(特に、%DLCOの低下)、心臓超音波検査による評価、血液中のKL-6、SPD、LDHの変化とhBNPの変化の比較などを中心に、現在の労作時息切れの増強が、間質性肺炎の悪化によるものか、肺高血圧によるものかの鑑別を行うことは重要です。

●肺高血圧の診断における心臓超音波検査法の有用性
 肺高血圧の診断と重症度の評価を正確に行うためには、右心カテーテル検査が必要です。この方法では、肺動脈圧や心拍出量を直接測定することができます。安静時の平均肺動脈圧値mPAPを測定し、これが25mmHgを超えている場合に肺高血圧ありと評価します。しかし、この方法は、入院を必要とし、侵襲的な検査であるので、繰り返しの検査は簡単にはできません。
 心臓超音波検査は、侵襲の少ないもので、検査のための時間も20分くらいあればひととおりの測定ができますし、繰り返して行うことができ、経過の評価を外来においても可能とさせてくれます。
 心臓超音波検査により、右室拡大、左室扁平化などの所見から右心負荷の存在を評価できます。ドプラ心臓超音波検査によれば、肺動脈圧をある程度正確に推定することができます。心臓超音波検査により得られる推定収縮期肺動脈圧値sPAPを指標とすると、40mmHg以上を軽度、50mmHg以上を中等度の肺高血圧と評価します。実際の肺高血圧の状態よりも高値を示す場合と低値を示す場合とがあることが、この検査方法における問題とされていますが、スクリーニング、あるいは経過観察においては、有用であると考えています。
 さらには、心臓超音波検査を安静時のみならず、労作負荷時において行うことで、労作時の肺高血圧の程度を評価できますので、間質性肺炎に伴う肺高血圧の評価にとっては重要なポイントであります。安静時に比べると、推定肺動脈圧が平均14mmHg上昇するとの報告がありますから、安静時の値で肺高血圧がなくても、労作時には肺高血圧が見られるということになります。日常生活を考えると、間質性肺炎症例では、肺高血圧が労作時におこっている可能性が容易に示唆されるものです。労作時の肺高血圧の程度の評価は、専門外来でもまだルーチンには行われていないのが実情ではありますが、安静時の値から、常に、労作負荷時の値を推定しておくことが重要です。

●心臓超音波検査とは  
 原理:超音波が生体を通過する際の性状によって反射する程度が異なることを利用し、反射波を検出し画像化したものです。検査法としましては、大きく断層法とドプラ法に分かれ、断層法は、壁運動や心拡大の評価、駆出率の評価に応用できます。またドプラ法はカラー、パルス、連続波、組織などがあり、血管内や心腔内の血流速度や心筋の運動速度を測定することにより心機能の評価に応用できます。

●ドプラ法を用いた方法:三尖弁逆流から右室圧(肺動脈圧)を推定
①左室短軸面あるいは心尖部四腔断面を描出してカラードップラ法を用いて三尖弁逆流を描出します。
②カラードプラガイド下で連続波ドプラ法を用いて、三尖弁逆流ジェットの最大速度(VTR)を計測し、簡易ベルヌーイ式から右室―右房間の収縮期圧較差を求めます。
③得られた値に右房圧5~20mmHg(一般的には10mmHg)を加えることにより右室圧が推定されます。右室圧は肺動脈狭窄や右室流出路の閉鎖がなければ収縮期肺動脈圧と等しいことから推定収縮期肺動脈圧(sPAP)としています。 
図1:高度例 心尖部四腔断面で右室は著明な拡大を認め、短軸面では左室の扁平化が認められます。またカラードプラでは三尖弁逆流ジェットが高度に認められ、逆流の最大速度も4.61m/secと上昇し、推定収縮期肺動脈圧は104.9mmHgと高度な肺高血圧が推定されます。

●間質性肺炎、サルコイドーシスにおける肺高血圧の頻度
 中央診療所間質性肺疾患専門外来においては、2台のドプラ心臓超音波検査装置(日立製作所 ARIETTA 70、60)を用いて、間質性肺炎、膠原病肺、サルコイドーシスなどのスクリーニングと、経過観察、治療効果の判定などに活用しています。

●二次性肺高血圧の臨床経過と治療管理法
 二次性肺高血圧の検出は、膠原病性肺高血圧の一部を除いては、間質性肺炎症例の場合には、間質性肺炎の進行期であることが多いのではないかと思います。特発性肺線維症では、肺高血圧の存在は、予後不良因子であることが報告されていますし、われわれの成績でも、特発性肺線維症の肺高血圧存在例は生存期間が、存在していない症例に比較して明らかに短いことを示すことができます(図2)。いわゆる肺高血圧を示唆する所見(第二音肺動脈成分の亢進、肺動脈駆出音、胸部写真上の心胸比拡大など)が明らかになった時期からの治療では、予後を変えることは困難ではないかとおもいます。
 われわれは、長期経過観察の中で、間質性肺炎の治療、肺高血圧の治療、種々の合併症の評価、を3つの軸として、薬剤の選択、在宅酸素療法の選択を考慮しています。なるべく自宅で通院治療を行うことを目標として、専門外来での評価を徹底させるようにしています。進展した患者さんでは、対象療法としての薬物治療、酸素療法をさらに徹底させて、QOLの維持を目標としています。
 肺高血圧の治療としては、➀いたずらにステロイド薬を増量しない、➁免疫抑制薬についても増量しない、➂肺血管拡張薬のファーストチョイスとしては、アドシルカ(タダラフィル)、オプスミット(マシテンタン)に利尿剤を併用して導入しています。➃在宅酸素療法を導入するなどを中心にしています。


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